スギダラ紀行魚梁瀬杉編 高知県馬路村
文 長町美和子
 
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■落石におののきながら千本山へ 

 
 

製材所、今は4 ̄5人だが昔は70人いたという。

杉の切り出し風景

 
 小学校を後にして、ダムの脇に位置する製材所にもちょっとお邪魔した。怪しげなスギダラ一行を暖かく迎えてくれた(というか、まったく気にしなかった)工場のおじさんたち。薄暗い作業場の奥には、昔はフル回転していたであろう巨大な加工機械が横たわっていて、往時の魚梁瀬の勢いが感じられる。
 南雲さんは工場内で使われるさまざまな工具や、台車、製材のための加工台など、年季の入った道具たちのデザインにいたく感動した様子で「いいねぇ!」を連発している。中には長い角材が台車の上に並べて載っているものがあって、スギダラシリーズの家具としてそのまま採用してもいいくらいだった。
 工場を出ると、いよいよ千本山に向けて出発。山道はかなり険しいとは聞いていたが、これがまたものすごい道なんですね。ガードレールもない、崖っぷちの、車一台やっとという感じの道をくねくね行くと、ときおり大きな岩がゴロッと転がっていたりして、昨日の豪雨のせいで山肌から滝のように湧き水があふれているし、カラカラと小さな石が上から落ちてくるし、もうディズニーランドのビッグサンダーマウンテンそのものなのだ。
 落石を恐れて山側から距離を開けようとするドライバー・杉王と、谷に落ちるのではという恐怖におののく後部座席の私。あんまり谷側に体重をかけると車が転がり落ちそうなので、お尻を浮かせてなるべく山側に身体を寄せたりしながら(意味ないけど)、「南雲さん! もっと内側走ってください!」と叫ぶ。車の中は興奮に包まれている。

 こういう体験をすると、こんな急な山から杉の木を切り出すのがいかに大変なことかわかるというものだ。谷間にはワイヤーが張ってあって、それで丸太をぶら下げて少しずつ運ぶのだが、こりゃぁ容易なこっちゃない。昔は、運ぶにしても乾燥させるにしても、家を建てるにしても、「少しずつ、ゆっくり」が当たり前だったからバランスがとれていたんだよね。国産材が外国産材に押されてしまったのは、暮らしのスピードが極端に変わったから、という要因が根底にある。
「早く、簡単に、安く」をそろそろ卒業して、「じっくり味わい深い」生活を取り戻したいものだ。……なんて、車の中ではそんなこと考える余裕はまったくなかったけど。
 
      ■杉王、山頂で遭難か!?  
 

杉の精を感じる。関根さん、中尾さんが豆粒のよう

   さてさて、そんなこんなでどうにか千本山の登山口に到着。
 千本山というのは、樹齢100年以上の巨大天然杉が無数に立ち並ぶ保護林で、魚梁瀬国有林の中でも特に大木が多く生育している山として知られている。ここで見られる杉は、人工的に植林されたおとなしい杉ではなくて、それはもうドーンと打ち上げ花火のような存在感のある杉なのだ。
 西川に架かる千年橋を渡ると、「橋の大杉」と呼ばれている樹高54m、樹齢200年以上の大杉(ダイスギと読まないように)が森の番人のようにそびえ立っている。その幹の周囲はなんと6.80m! 足元には林野庁が制定した「森の巨人たち100選・NO.80」のプレートが立てられ、いかにも偉そうだ。
「山って栄養分が下の方に降りてくるから、木も下の方がよく育つらしいよ」と南雲さん。
 実際、この麓の杉林の迫力は本当にスゴかった! 周囲の木々の大きさに自分の身体が急に小さくなったような錯覚を覚える。天を突き上げる杉の巨人の根っこには緑の苔がふさふさと体毛のように生えていて、まるで筋骨隆々とした二の腕のようだ。樹皮に覆われた幹に手を当てると、昨日までの雨をしっとりとふくんで、その下に樹液が音を立てて流れているのが感じられる。
 生きている……いや、何か宿っている。「生えている」なんてもんじゃない。杉のエネルギーが森いっぱいに満ちていて、その中にすっぽり包まれてしまうのだ。
 熱に浮かされたようにどんどん登山道を上がっていく南雲王。これまで二日酔いで死んでいた関根さんも木の精霊が乗り移ったかのように元気になって、2人はアッという間に見えなくなってしまった。
「飛行機に間に合わないから2時半にはここを出ないとね」と言ってたくせに、もう2時半はとうに過ぎている。若杉さんが大声で呼んでもウンともスンとも答えは返ってこない。最初のうちは橋の下で水遊びしたり、石を拾ったり、日光浴したりしてのんびり待っていたのだが、いくらなんでも遅すぎる。
「山頂まで登ると1時間はかかるそうです」と中尾さん。
 もしかして足を滑らせて谷底に落ちたのかも。それとも関根さんがやっぱり具合悪くてしゃがみ込んでしまっているのか、と、良からぬ考えが頭を駆けめぐる。携帯は車の中。だいたいこの山の中で通じるとも思えないし。
 1時間は待っただろうか。「おーい!」なんて脳天気な2人はやっと戻ってきた。「いやぁ、なんか弾みがついちゃってさ。鉢巻き落としの木まで結局行っちゃった」だって。汗だくの関根さんも見事に復活。なぜか2人とも妙にハイテンションなのであった。
 
     
 

ついに出会えた! 魔の?はちまき落とし
山の奥から杉を切り出すためかなり長いワイヤーを張って吊しながら運ぶ。このワイヤーをどう張るか?
初めは細いワイヤーで徐々に太くしていくらしい。 (千本山は保護林なので、今は伐採はしていない)

   そんなことしてるから飛行機ギリギリになっちゃったじゃないですかー。もう離陸15分前を目指してナビの時計を見つめるのはイヤです。
 でも、杉三昧でご馳走様の2日間、たくさんの刺激を受けることができた。スギダラはこんな積み重ねで育っていくのだろう。「杉を見に行って、杉だけしか見て来ないなんてつまらない」って南雲王は言うけれど、本当にそうかもしれない。
 次回は吉野杉か、秋田杉か!ぎっしり盛りだくさんの旅を期待しております。
 
     

 <おしまい>