スギダラ紀行魚梁瀬杉編 高知県馬路村
文 長町美和子
 
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■杉を見るぞ!

 
 

馬路林材加工共同組合パラフィン乾燥機

 
 で、案の定二日酔い。でも、私よりもひどかったのはホスト役の関根さんで、ため息をつきながら必死で笑顔をつくる姿は痛々しい限り。そんな彼に山道を運転させるのは酷なので、いちばん飲んでたハズなのになぜかピンピンしている杉王が代わりにハンドルを握ることになった。
「関根さんと僕とブレーキ踏むタイミングが微妙に違うんだよね」と得意げに言う南雲さん。私の場合は、それでさらに車酔いが加わったのだった。
 気持ち悪いけど天気は120%真っ晴れ。山の斜面に広がる杉林に日が射して、ふかふかの土の上に美しい縞模様ができている。
 今日の予定は、まず馬路林材加工共同組合の製材所見学、その後ダム湖畔にある村の小学校に寄って新しい木造校舎を拝見させていただき、近所の製材所も見学して、一気に千本山に登るという構想だ。雨で遅れた昨日の分を取り戻そうと南雲さんは朝から張り切っている。
 木材加工共同組合の製材所では面白いものを見ることができた。それは「パラフィン乾燥」という加工技術。巨大なタンクの中にパラフィン(ロウ)を入れ、100℃以上の熱で溶かした後、「天ぷらを揚げるようにジャーッとやるんですね」とのこと。天ぷら同様、中の水分が抜ける上、外側がパラフィンで固まるので割れが少なくなる。また、ワックスをかけたように多少水をはじくようになるので汚れが少ない。
 人工乾燥機で乾燥させる場合、80℃の乾燥機の中で板もの(10mまでの材)の場合は4〜5日、柱もの(7mまでの角材)の場合は2週間かかるが、パラフィン乾燥の場合は、120℃のパラフィン槽に4日間浸ければすぐに使えるそうだ(240角の大黒柱は出してから外で乾燥させる)。場合によっては、パラフィン1日、乾燥機1日と両方で2回乾燥させることもあるらしいが、いずれにしても、かなり時間的にコスト削減できるというわけ。
 ただ、ロウをしみ込ませるために接着剤が効きにくく、集成材には向かない。表面は割れにくいが内部で割れることがあるので芯去り材には向かない。浸す時間が長くなると色がやや褐色になる、といったデメリットもあるという。でも、積まれている材を見る限り状態はとても良好。南雲・若杉・中尾の3人は額を寄せて具体的な相談をしていたが、その表情は明るい。もしかして、スギダラ魚梁瀬杉シリーズが誕生するかも! 
 
      ■ダムの底に沈んだ杉の町  
    市場に並ぶ魚梁瀬杉 壮観だ!
樹齢210年 樹積2074m3と記されている
旧営林署宿舎に使われていた杉木造平屋。今は..?
    さて、車は馬路から千本山方面に向かって川沿いの山道をぐんぐん登っていく。30分ほどで、切り出された魚梁瀬杉の大木がゴロゴロと寝かされている材木置き場に到着。背丈ほどもある直径の丸太を見てコーフンした杉王と若杉さんは、一応立ち入りを禁止しているらしいロープを平気でまたいで、吸い寄せられるように突進していった。
「おぉぉぉぉ ! 杉だぁ! でっけぇ!」
 満面に笑みを浮かべた南雲王はその1本にまたがって記念撮影。
「いや、千本杉はこんなもんじゃないんだよ。『鉢巻き落とし』って言って、見上げると頭から鉢巻きがすべり落ちちゃうほどものすごい高さの杉の巨木が生えてるんだから」
 材木置き場の奥には、森林組合の人が作業の際に寝泊まりする住宅なのか、いい感じに味の出てきた木造平屋の長屋が並んでいて、何匹もの犬が突然の侵入者に向かって吠え立てている。犬に混じってイノシシまでいるではないか。
「おぉぉぉぉ! イノシシ! でっけぇ!」


 
何にでも感動する子供のように無垢な心を持つスギダラ一行。
 車に戻ると、まだまだ二日酔い真っ盛りの関根さんが死んだように眠っている。可哀想に。でも我々は先に進まねばならぬ。
 関根さんを励ましながらまたグイグイ山道を登っていくと、魚梁瀬ダムが見えてきた。昨日あれだけ雨が降ったというのに水量はかなり少なく、干上がった斜面には、ダムに沈んだ建物の基礎部分だけが遺跡のように残っている。それは昭和の初期から戦中、戦後と、お国のために杉をわんさか切り出して、森林鉄道で次から次へと木材を町に供給していた魚梁瀬の集落跡地だった。
 照りつける太陽の下に忽然と姿を現したかつての街。家々の脇には路地があって、階段もあって、暮らしの痕跡が蜃気楼のように立ち上る。なにもかもが息を止めた湖の底には昭和40年当時の時間がそのまま漂っていた。
 静けさに身を浸していると、
「長町さん、ここには昔外資系の会社があったようですよ」と若杉さん。
「へえ、やっぱり木材関係の?」なんて真面目に返したら
「ほら、ガイシがこんなに落ちてる」
「……。」
 ダム湖畔には沈んだ町がそっくり高台に移動させられて、家々がきっちり並んで建っている。標高450m、人口300人の小さな集落。角の食堂「おはら」でお昼ご飯を食べながら、おばちゃんに昔の魚梁瀬を記録した写真集を見せてもらうと、そこには今とは比べものにならないほど活気あふれる杉の町の姿があった。
 杉で潤い、栄え、その勢いでダムをつくって、気が付けば大事なものを湖の底に置いてきてしまった、そんな寂しさが今はある。
 でも! 子供たちは元気いっぱいだったなぁ。魚梁瀬小学校は「山の学校留学制度」で全国から留学生を受け入れている活気あふれる学校だ。校長先生にお願いして授業風景をちょっと覗いてみたら、なんと英語の時間。小さな子から大きな子まで全校児童20人ほどが外国人の先生とゲームに夢中になっていた。
 全国からやって来た子供たちは、ここで山の空気を吸って、杉のエネルギーをもらってそれぞれの町に帰っていく。魚梁瀬で自然にどっぷり浸った経験は、きっとその後の人生に影響を与えるはずだ。この中から未来のスギダラ会員が生まれたら素敵じゃありませんか。こんな小学校でデザインワークショップ開いたら面白いだろうな、なんて思うのだった。
  

ダムに沈んだ旧魚梁瀬村 不思議な光景
賑やかし頃の魚梁瀬村
魚梁瀬小学校 今は全国から子供が集まる